大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宮崎地方裁判所都城支部 昭和57年(ワ)117号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 川崎菊雄

被告 乙山春夫

右訴訟代理人弁護士 野崎義弘

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  申立

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、次記(2)の家屋(以下適宜、本件家屋という)を収去して、次記(1)の土地(以下適宜、本件土地という)を明渡せ。

(1) 小林市《番地省略》 宅地二三〇・一二平方メートル

(2) 右同所《番地省略》所在 家屋番号二二六七番四

軽量鉄骨一部木造瓦葺二階建居宅兼店舗

床面積 一階一一九・一六平方メートル

二階五六・六四平方メートル

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

2  被告

主文と同旨の判決。

二  主張

1  原告の請求原因

(一)  原告は本件土地の所有者である。

(二)  被告は本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有している。

(三)  しかしながら被告には本件土地を占有使用する何らの権原もないので、原告は、本件土地の所有権に基づき、被告に対し、本件家屋を収去して本件土地を明渡すことを求める。

2  請求原因に対する被告の認否

請求原因(一)(本件土地の所有関係)は不知。

請求原因(二)(本件家屋の所有関係及び本件土地の占有関係)は認める。

請求原因(三)(本訴請求)は争う。

3  被告の抗弁

(一)  賃貸借

被告は、昭和四一年六月頃、本件土地につき、当時の所有者である訴外丙川松夫との間で、建物所有を目的とし存続期間を定めずに賃料は固定資産税額とする約定で、賃貸借契約を結んで、本件土地の引渡を受け、同年八月上旬頃、本件土地上に本件家屋を築造所有して現在に至っているものであり、本件土地を占有する正当な権原を有する。

(二)  権利の濫用

仮に、右賃貸借が認められないとしても、原告が仮に本件土地の所有権を取得したとしても、被告に対し本件土地の明渡を求めることは権利の濫用である。

即ち、

(1) 本件土地については、少なくとも、被告と当時の所有者である訴外丙川松夫との間で、昭和四一年七月頃、被告の建物新築所有に供する目的で存続期間を定めずに被告に使用させるとの趣旨の使用貸借が成立し、被告がその引渡を受けて本件家屋を新築所有して本件土地を使用していたが、その後訴外丙川松夫及びその妻訴外丙川松子は死亡してその権利義務一切は相続により両人の子である訴外甲野花子・訴外丙川一郎・訴外丁原竹子の三名が承継したところ、右訴外甲野花子らと原告は、訴外甲野花子らから被告に対し本件土地明渡を求めても右使用貸借により対抗されるので、これを回避する目的で、本件土地を右甲野花子の夫である原告に所有権移転登記をして、原告から被告に対し本件土地の明渡を求めているものであること。

(2) 被告は、本件家屋を新築して訴外丙川松夫一家を同居させてその生活を援助して来たが、昭和四六年九月四日訴外丙川松夫が死亡した後は、被告は訴外丙川松夫の妻訴外丙川松子と内縁関係にあって、訴外甲野(当時丙川)花子らの事実上の父として、生活をともにして来たものであって、この間被告が支出した養育費用は多額に上っているところ、原告は、右訴外甲野花子の夫であって、右被告と訴外甲野花子らとの間の事情を知悉していること。

(3) 被告は本件家屋を使用してオートバイ販売業を営んでおり、本件家屋を収去して本件土地を明渡すことは多大な損害を受けることになるのに比し、原告は他に資産も資力も十分にあり、本件土地の明渡を求める必要も少ないこと。

以上の事情に照らせば、原告が被告に対して本件土地の明渡を求めることは、仮に原告が真実本件土地の所有権を取得したとしても、権利の濫用で許されない。

(三)  よって、被告は原告の本訴請求には応じられない。

4  抗弁に対する原告の認否

(一)  抗弁(一)(賃貸借)は否認。

本件家屋は昭和四一年八月三一日訴外丙川松夫の名で所有権保存登記が為されており、現在は訴訟の結果で被告所有と決着が付けられたがその所有関係には争いがあったものであり、この家屋所有目的で訴外丙川松夫が本件土地を被告に賃貸すること等ありえないし、被告が負担したのはせいぜい本件土地の固定資産税であり、当時本件土地が被告の営業関係の多額の債務の為に担保に供されていたことに照らせばその程度の負担は自己の営業の為に必要なことであったのであり本件土地の賃借の対価とみられるような金額ではなかったから、本件土地の賃貸借契約は存しなかった。

加えて、そもそも被告主張の賃貸借は、土地の所有者名義の家屋について土地の所有者との賃貸借を主張するもので、第三取得者である原告には対抗しえない。

(二)  抗弁(二)(権利の濫用)は争う。

三  証拠《省略》

理由

一  本件土地の所有占有関係(請求原因)について

本件土地上に本件家屋が存し本件家屋が被告所有で被告が本件土地を占有していること(請求原因(二))については当事者間に争いがなく、本件土地の所有関係(請求原因(一))についても、《証拠省略》によれば原告が所有者として登記されており特段の反証もないから、右登記のとおり本件土地の所有者は原告と推認される。

二  本件土地の賃貸借(抗弁(一))について

そこで、抗弁(一)の賃貸借について検討する。

1  この点に関しては、《証拠省略》によれば、次の(1)乃至(3)の事実が認められる。

(1)  被告が昭和四一年六月頃当時訴外丙川松失の所有であった本件土地上に本件家屋を新築して居住しその頃訴外丙川松夫名義で所有権保存登記をしたこと。

(2)  被告が昭和四一年頃から昭和五四年度までの間の本件土地の固定資産税を所有名義人の納税代理人として支払っていたこと。なお、右の間、被告は、本件土地に自己の債務の為に何回か抵当権を設定していること。

(3)  被告が昭和四一年頃から訴外丙川松夫とその妻子をも本件家屋に居住させかつその生活費のある部分を負担し始め、訴外丙川松夫死亡後遅くとも昭和四七年四月頃にはその妻訴外丙川松子と内縁関係になって昭和五四年まで訴外丙川松子及びその子である訴外甲野花子・訴外丙川一郎・訴外丁原竹子の生活費を負担していたこと。なお、昭和五五年以降は被告は右固定資産税や生活費の負担はしていないこと。

2  右事実及び《証拠省略》に照らせば、本件土地上に被告が本件家屋を新築しこれに被告と訴外丙川松夫一家が居住するに際し、被告と訴外丙川松夫との間に本件土地を被告に使用させることの何らかの合意が為されたとはみられるもののその具体的内容ははっきりせず、ただ、被告がその後本件土地の使用の対価といえるような支払をし続けた形跡はなく(右固定資産税や右生活費の負担は本件土地の使用の対価とはみられない)、昭和五五年以降は被告は本件土地の使用を続けながら右固定資産税も生活費の負担もしていないことからみれば、右の程度では本件土地につき賃貸借契約が成立したとは認め難く、他に被告主張の賃貸借の成立を認めるに足る的確な証拠はない。従って、右本件土地使用に関する合意は使用貸借とみるべきであって、賃貸借とはみられない。

3  よって、被告の抗弁(一)(賃貸借)は、その余の検討をするまでもなく失当である。

三  権利の濫用(被告の抗弁(二))について

そこで、次に、抗弁(二)(仮定抗弁)の権利の濫用について検討する。

1  この点に関して、前記二1の認定事実の外、《証拠省略》によれば、次の(1)乃至(3)の事実が認められる。

(1)  原告は、訴外甲野花子と昭和五五年四月頃結婚したが、右結婚直後頃から、かつて被告と訴外丙川松子が内縁関係にあって本件土地上の本件家屋に訴外丙川松子の子である訴外甲野花子らとともに同居して生活し、その生活費等を被告が負担し、訴外甲野花子らに対しても被告が父親のように振舞っていたことや被告が本件家屋で商売をして生活していること等の事情のあらまし、及び、本件土地上の本件家屋の所有権を巡って訴外甲野花子らと被告との間で訴訟(当裁判所昭和五四年(ワ)第一四三号事件)になっている経緯を、訴外甲野花子から聞いて知っていたこと。

(2)  本件土地については、昭和五七年二月二日、訴外丙川松子から訴外甲野花子らへの相続登記と、訴外甲野花子らから原告への昭和五六年一一月一五日付売買を原因とする所有権移転登記が為され、原告への移転登記が昭和五八年三月九日抹消登記され、更に、昭和五八年一〇月二七日、原告に対し、訴外丙川一郎・訴外丁原竹子からはその持分につき再度右売買を原因に、訴外甲野花子からはその持分につき右売買と同日付の贈与を原因に、各持分移転登記が為されており、右のような登記の取得経緯について原告からの明確な説明はないこと。そして、原告は、本件土地の所有権移転登記を了すると間もない昭和五七年六月七日に本訴明渡訴訟を提起しており、被告が交渉を拒んでいるとは見られないのに、現在に至るも本件土地家屋の買取りや賃貸借について被告との間で合理的妥当な対価を提示しての交渉は為された形跡がないこと。なお、前記(3)記載の訴訟事件は昭和五八年一一月二八日に判決が言渡されて本件家屋が被告所有ということで決着が付いたこと。

(3)  右昭和五六年一一月一五日付売買については現実にその代金の授受はなく、原告の説明では、原告が訴外甲野花子と結婚した後右売買日付頃の間に原告が訴外甲野花子の親兄弟の為に原告が金一八〇万円前後、原告の父が経営する会社が金三二〇万円程度を立替え支出した訴外丁原竹子の結婚式費用・訴外丙川松子の葬式費用等の返済代わりに本件土地を取得したものとしているが、右支出関係のはっきりした書類はないこと。また、原告は、本件土地を取得するにつき地上建物の権利関係や本件土地の使用権関係等について殆ど調査をしておらず、原告の本件土地利用予定に関しても具体的に煮詰った計画はみられないこと。

2  右1及び前記二1の各認定事実に鑑みると、原告の本件土地の取得は、相手方が妻及びその兄弟ということもあって、理由もよくわからない便宜的な操作が為されており、その対価関係もはっきりせず、原告が本件土地取得の為に為した代金相当の支出もはっきりせず、通常の売買による取得とは到底見られない形であるところ、これに加えて、右各認定事実のとおり、原告は、訴外甲野花子らがかつて本件家屋で被告と同居し生活費等を見てもらっていた事情や被告が本件家屋で商売を営んで生活している事情、及び、訴外甲野花子らと被告とが本件家屋の所有権を巡って訴訟をしていること、等も知っていたのであり、これらからして、原告は、被告が訴外丙川松夫夫婦及びその子らに対しては本件土地家屋を使用する何らかの権利を主張しうることは十分知っていたと推認されるところでもある。

そして、これらの点に照らせば、原告は、訴外甲野花子らが被告に対して本件土地の明渡を求めたのでは、かって同居して生活費を見てもらっていた前記関係や被告との間の本件土地使用に関する合意があったと見られる前記事情があって明渡を受けることが困難である、との見込から、右訴外甲野花子らに代わって本件土地の明渡を受ける為に本件土地の譲受けて被告に対し本件土地の明渡を求めている事情が推認されるのであり、これに訴外甲野花子らと被告との前記関係や本件家屋を収去して本件土地を明渡した場合の被告の受ける損害の大きさ、及び、被告は拒んでいないのに原告被告間の誠意ある交渉がみられないこと、をも勘案すれば、これらの事情の下では、原告が被告に対し本件土地の明渡を求めるのは権利の濫用であって許さない、というべきである。

3  よって、被告の抗弁(二)(仮定抗弁)(権利の濫用)は理由がある。

四  結論

以上によれば、原告は被告に対し所有権に基づく本件土地の明渡請求権を一応有するが、原告の右土地明渡請求権の行使は権利の濫用として許されないことになるから、結局、原告の本訴請求は理由がないことになる。

よって、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千德輝夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例